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思案グラス 1.2

It's under construction.

榎戸洋司の「迷わぬ心」/ 君は、キャプテン・ジャパリパーク


またしても、一撃でハートを射抜かれた。なぜこんなにも、彼女らは「まっすぐ」なのか。

榎戸洋司が描くキャラクタは、「やるべきこと」を迷わず成す。一度アクセルを踏み込んだら、減速はありえない。誰かを助けるべきだと思ったら、その瞬間から、「相手が何者であるか」なんておかまいなしに、身体が動く

たとえば、『STARDRIVER 輝きのタクト』では、島に住む少女<ワコ>が、島に流れ着いた少年<タクト>を助ける。相手は見ず知らずの男の子だが、ワコはタクトのもとへ駆け寄ると、迷いなく人工呼吸を施した。鮮烈な印象を残すファーストシーンであり、その雄渾な姿は、彼女の「強さ」を感じさせる。

同じく、放送されたばかりの『龍の歯医者』も、ヒロインが「迷わぬ心」の持ち主だった。<野ノ子>が助けた少年<ベル>は、「よくないことが起こる前兆」とされる存在。それでも野ノ子は、迷わず飛び込み、助けてしまう。「相手が何者であるか」は、問題ではない。

「やるべきこと」がわかる心と、まっすぐにそれを成す身体の瞬発力。躍動的なアニメーションにも支えられた榎戸キャラの「迷いのなさ」には、どうしようもなく憧れる。いつだって、その姿に心惹かれてしまうのだ。

(『龍の歯医者』は、こうした「榎戸洋司的な瞬間」が詰まったフィルムで、何度も繰り返し見てしまった。)


けものフレンズ』に見る、「榎戸洋司的な瞬間」

けものフレンズ』のキャラクタには、「榎戸洋司的な瞬間」を感じることがある。もちろん、当人は関わりがないし、作品としても全くの別物だ。

しかし、キャラクタ造形においては、かなり近しいものがある(と、勝手に思っている)。点としてはバラバラだが、線でつないだ時に、同じ星座の一部になる星どうし。私の銀河の中では、そんな関係だ。

なんといっても、<サーバル>は相手を助けることに迷いがない。彼女が出会った<カバン>は記憶がなく、名前も出身も、何の動物かもわからない。

にもかかわらず、サーバルはカバンに手を差し伸べる。頼まれてもいないのに図書館への案内役を買って出るし、ごく自然に、カバンが立ち上がる手助けをする。「カバンちゃん」というネーミングも実にストレートで、名付けるのに一秒もかかっていない。その瞬発力は、実に榎戸洋司的だ(というのは、冗談である)。

注目すべきは、1話の終盤。サバンナ地方の出口付近で、サーバルは悲鳴を耳にする。巨大な<セルリアン>を前にした時、彼女は、食べられたかもしれない「見ず知らずの誰か」のため、躊躇なく飛び出した。

この場面でわかるのは、彼女はカバンにだけ格別のやさしさを向けていたわけではない、ということだ。相手が何者であろうとも、助けるべきと思ったら、迷わず動く。それはまさに、「榎戸洋司的な瞬間」だ。


君は、キャプテン・ジャパリパーク

さて、ワコや野ノ子と違って、サーバルはセルリアンに苦戦してしまう。(飛び出したはいいものの…という、「おっちょこちょい」な性格がよく表れていて、とても好きな場面だ。)

このとき訪れるのが、もうひとつの「榎戸洋司的な瞬間」だ。サーバルの窮地を察したカバンは、紙飛行機を作り、セルリアンに立ち向かう。その姿は、どこか<真夏ダイチ>に重なって見えた。

「驚いたな…。君は、その手にしたものが何か知っているのか?
君はキャプテンか?
いま一度、問う。君がキャプテンなのか?」
「僕がキャプテンかどうか、僕にはわからない。でも、宇宙からくるあいつは止めなきゃ!」
キャプテン・アース』第1話「アースエンジン火蓋を切る」

真夏ダイチは、自分が「何者(=キャプテン)なのか」はわからないが、「自分がすべきこと」や「自分にできること」はわかる、というキャラクタだ。

まさに、カバンが備える資質は、ダイチと同質。彼女は、自分が「何者(=ヒト)なのか」を知らないし、手にした地図が「何なのか」もわからない。

しかし、彼女は「かつての記憶」という形で、「自分にできること」をあらかじめ知っている。その上で、目の前にやるべきことがあるなら、「僕に何ができる」と考え、迷わず動ける。無意識下で「ヒト」としての力(発想する力や投擲能力)を選びとり、発揮できるのだ。


サーバルキャットは振り返らない

紙飛行機に見とれていたサーバルが、カバンの声で再び動き出すシーンもいい。彼女もまた、紙飛行機が「何なのか」はわからない。

しかし、背中から聞こえた声だけで、サーバルは「それ」が、カバンのやったことだと確信する。「わかったよ!」なんて一言もない。サーバルキャットは振り返らず、カバンの声だけを頼りに、もう一度走り出す。個人的には、ここが一番熱い場面だ。

サーバルは、「相手が何者であるか」にかかわらず、やるべきと思ったことを成す。
カバンは、「自分が何者であるか」にかかわらず、やるべきと思ったことを成す。


まるで二人は、最初から出会うことが運命づけられていたかのように、対になる資質を持っている。だからこそ、サーバルは迷いなくカバンの声を信じられたのだろう。このあたりは、なんとなく『文豪』っぽいかもしれない、なんて思ってしまうのは、自分の業の深さか。

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