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思案グラス 1.2

It's under construction.

『けものフレンズ』が描く「心の強さ」


こんな高い崖を降りろというのか…。今度は、あんなところまで跳んでみせろと…?

サーバルキャットのサーバルが案内(ガイド)してくれるサバンナ地方は「ヒト」にとって難所の連続だ。高さと距離を的確に切り取るロングショットや、カバンちゃんが浮かべる不安げな表情に、それがよく表れている。もし自分が同じ状況に置かれたら…。きっと、尻込みして前には進めないだろう。

一方のサーバルは、嬉々として崖を跳び降り、軽々と飛び石を渡ってみせる。歩くスピードも、とても速い。「ヒト」と「けもの」の身体能力の違いを、まざまざと見せつけられる。セルリアンに出くわしたときも、ヒトにできるのは逃げることだけ。サーバル自慢の爪(彼女曰く、フレンズの「技」)がなければ、危ないところだった。


けものフレンズ』1話の序盤は、サーバルの身体能力の高さと、対するヒトの非力さが繰り返し描かれる。未知の世界でこんな体験が続けば、自分の弱さを嘆きたくもなるというものだ。「失敗」を重ねるたび、カバンはうつむき、「ごめんなさい」を口にする。

しかしカバンが出会ったのは、心やさしき優秀なサバンナガイドだった。サーバルは何度でもカバンに手を差し伸べ、励まし、立ち上がらせてくれる。「フレンズによって得意なことは違うから」と、サーバルは互いの違いを尊重し、カバンの「がんばり」を見逃さない。彼女は「肉体的な強さ」ではなく、「心の強さ」でカバンを評価するのだ。

とても降りられそうにない崖にも、跳びきれそうにない飛び石にも、カバンは常に挑戦した。歩き疲れて足を止めてしまう描写もあるが、彼女は決して音を上げない。サーバルが木陰での休憩を提案するまで、自分から「休みたい」とは言い出さず、ガイドの背中をひたむきに追い続けるのだ。


休憩中、サーバルはカバンの「肉体的な強さ」、動物として優れている部分を見つける。それまでうつむきがちだったカバンが顔を上げ、カメラが正面から彼女を切り取る瞬間は、確かに劇的だ。

しかし、それを描く前に、カバン個人の「内面的な強さ」を掘り下げて見せた手腕。この作品における「強さ」とは、動物としての身体能力ばかりではないという描写にこそ、惜しみない拍手を贈りたい。エキセントリックな印象が先行しがちだが、本作で描かれているのは、普遍的で地に足のついたテーマだ。

休憩後、カバンが坂でつまずくとき。序盤とは違い、彼女はサーバルの手を借りずに立ち上がる。しっかりと前を見据え、文字通り彼女が「ひとり立ち」するこの場面が胸を打つのは、そこに「心の強さ」を感じるからだ。それを見たサーバルが静かにほほえむ1カットの、なんと素晴らしいことだろう。

崖から「落ち」、川に「落ち」てはうつむいていた旅の前半と、木に「登り」、坂を「登り」ながら前を向く後半と。地形を「劇」と連動させた演出も心憎い。


巨大セルリアンとの対決では、それまで「助けられる」側だったカバンが、サーバルを「助ける」側に回る。紙飛行機を作る機転もさることながら、自分にできることを考え、臆せず動ける「心の強さ」が、ここでも道を切り拓く。颯爽と現れてカバンを助けたカバが評価したのも、「サーバルを助けようとした」姿勢そのものだった。積み上げた関係性が見事に逆転し、協力して困難を打ち破る展開は、実に爽快だ。

打って変わって、夕暮れの別れはちょっぴりビター。出会いがあれば別れもあるのがこの世の常。ジャパリパークでも、それは変わりなく…。少しだけ強くなったカバンはサーバルと「再会の約束」をして、目的地に向け、新たに旅立つ…。

かと思いきや、「食べないでください!」「食べないよ!」のやりとりで、振り出しに戻る天丼が繰り出される。思わず笑ってしまうけれど、「あのとき」と違って、二人はもう「友達」だ。束の間のGood-byeを笑いあったら、口調も砕けて、さあ、仕切り直し。新しい冒険の始まりだ。

Welcome to the ジャパリパーク

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